大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2813号 判決 1982年10月28日

控訴人

株式会社ヨドバシカメラ

右訴訟代理人

村田寿男

被控訴人

海老根有一

右訴訟代理人

若柳善朗

主文

一  本件控訴を棄却する。

二1  被控訴人は、その営業について「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」なる表示を使用してはならない。

2  被控訴人は、東京都新宿一丁目一五番九号所在の店舗に掲げた看板中の「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」なる表示を抹消せよ。

三  控訴費用は、控訴人の負担とし、当審における新請求について生じた訴訟費用は、被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

一1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、その営業について「ヨドバシ」なる文字を使用した表示を使用してはならない。

3  被控訴人は、東京都新宿区西新宿一丁目一五番九号所在の店舗に掲げた看板中の「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」なる表示のうち「ヨドバシ」の部分を抹消せよ。

二  当審における新請求

予備的請求として、主文第二項と同旨。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)<省略>

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人)

一  「ヨドバシ」の表示には、独自性がある。

昭和七年から昭和二二年まで行政区画として「淀橋区」があり、また昭和四五年三月まで、控訴人、被控訴人の店舗所在地である新宿区西新宿一丁目とは離れたところであるが中野区との境の小地域に「淀橋」なる町が存在していたことはある。しかし、前者が「新宿区」となり、後者が「西新宿五丁目」となつて久しい。昭和五二年頃とそれ以降、「淀橋」の旧地名を知る者の比率が、これを知らぬ者の比率を大幅に下回つているといえることは、地方出身者が多く参集し、人の流通の激しい東京の大都会性からすれば当然のことである。控訴人、被控訴人の店舗所在地である西新宿一丁目にある淀橋第二小学校にしても、多くの者は、なぜ同小学校が「淀橋」の名を冠しているかのいわれを見出しえないであろう。かかる点から「淀橋」なる地名は一般によく知られている地名であるといえるものではない。

仮に「淀橋」なる旧地名が一般によく知られたものであるとしても、「ヨドバシカメラ」の「ヨドバシ」なる表示に独自性はないということはできない。現代の一般大衆は、ものを感覚的にとらえる傾向が強い。すなわち、対象を見たままの形状、見たままの色彩で認識する。「ヨドバシ」は漢字からひき直したものか、その元は何かなどとは特別に考えない。したがつて、「ヨドバシ」は「淀橋」とは異なる独自の表示、一種の造語表示であるといえるのである。もしも、或る日突然、控訴人が看板広告宣伝等において、「ヨドバシ」の表示に代えて「淀橋」を使用したとき、それが控訴人の営業表示であると誰が思うであろうか。

控訴人の得た周知性の内容は、「ヨドバシ」は、「現金仕入れで現金売りなので商品が安い」ということであり、「ヨドバシ」のもつイメージは、一つのキャラクターとして完成し、独自性をもつているものである。

控訴人は、「ヨドバシ」のこのキャラクターを利用して(すなわち安いということで)、時計、電卓その他と扱い商品を拡げ成功しており、被控訴人も、「ヨドバシ」のもつ右キャラクターを勝手に(ただのり)利用する目的で「ヨドバシ」を冠しているのである。

二  当審における新請求について

控訴人は、原審においても、「ヨドバシ」、「ヨドバシカメラ」なる表示は、原告の営業たることを示す表示として、遅くとも昭和五二年九月にはわが国において広く認識されるに至つたものであることを主張していたが、被控訴人に対する請求の趣旨においては、あたかも、原告の右営業表示のうち「ヨドバシ」のみが広く認識されていたことを前提とする請求であるかのごとく、被告がその営業について「ヨドバシ」なる表示を使用してはならない旨及び看板の「ヨドバシポルノ」、「ヨドバシ百貨」なる表示中「ヨドバシ」の部分のみの抹消を求めたに止まつたところ、控訴審においては、「ヨドバシカメラ」が原告の営業たることを示す表示として広く認識せられていたものであることを前提として、予備的に、被控訴人に対し、被控訴人が、その営業について「ヨドバシポルノ」、「ヨドバシ百貨」なる表示を使用してはならない旨及び被控訴人の店舗に掲げた看板中の「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」なる表示を抹消すべきことを求める。

(被控訴人)

「淀橋」なる名称が、現在においても西新宿一帯及びその近辺に存する官公庁、公立学校の名称、民間企業の商号に多数使用されるなど、地名としての名残を強く留めており、一般によく知られている旧地名であることは明らかである。また、西新宿一帯の超高層ビルが旧淀橋浄水場の跡地であることも著名な事実である。したがつて、「淀橋」なる表示には現在においても独自性はない。

「淀橋」とそれを片仮名にした「ヨドバシ」とでは若干の感覚的差異のあることは否定できないが、現在においても、「淀橋」は一般によく知られている旧地名であるから、一般人が「ヨドバシ」なる表示を見たときには、旧地名である「淀橋」を片仮名にしたものであると認識するのが通常であると考えられる。したがつて、「ヨドバシ」なる表示が一種の造語表示であるとする控訴人の主張は独自の見解にすぎない。

「ヨドバシ」なる表示は、控訴人が独自に考案したものではなく、あくまでも旧地名「淀橋」を片仮名にして使用しているものであるから、「ヨドバシ」が「淀橋」と関係ないとする控訴人の主張は失当である。

控訴人に対する「現金仕入れで現金売りなので商品が安い」という名声は、あくまでもカメラに関するもの(昭和五二年一〇月頃)であつて、あらゆる商品についてそうであるということではない。その名声の対象は「ヨドバシカメラ」なる表示であつて、「ヨドバシ」なる表示には独自性はない。

控訴人は、被控訴人が「ヨドバシ」という表示が持つている「安い」というキャラクターを利用していると主張するが、被控訴人は「安売り」の宣伝等は全く行つていない。すなわち、被控訴人は大人のおもちやの安売りをしているのではないのである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一控訴人の原審における請求(第一次請求)について

当裁判所も、控訴人の原審における請求(第一次請求)は、これを棄却すべきものと考えるが、その理由は、原判決の理由を次のように削除し、及びこれに付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一七枚目裏七行目の「(1) いずれも」から一九枚目裏六行目まで及び一九枚目裏七行目の「(一)、(二)」を削り、一九枚目裏末尾の次に左のとおり加える。 「控訴人は、控訴人の営業たることを示す表示として周知である「ヨドバシカメラ」については、それが営業表示として意義や価値を持つところは、普通名詞である「カメラ」の部分ではなく、その主要部分である「ヨドバシ」であり、右主要部分「ヨドバシ」は、被控訴人の営業たることを示す「ヨドバシポルノ」、「ヨドバシ百貨」の表示の主要部分である「ヨドバシ」と同一であるから、被控訴人の右営業表示は控訴人の営業表示と類似するものであることを理由として、被控訴人に対し、被控訴人がその営業について「ヨドバシ」なる表示を使用することの禁止及び看板中の「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」の表示のうち「ヨドバシ」の部分の抹消を求めている。しかし、遅くとも昭和五二年九月ころには、少なくとも東京都及び周辺県において、控訴人の営業たることを示す表示として広く認識されていた表示は、「ヨドバシ」ではなく「ヨドバシカメラ」であることを前認定のごとくである以上、控訴人が右「ヨドバシカメラ」のうち、「カメラ」は普通名詞であるから、「ヨドバシカメラ」の表示の主要部は「ヨドバシ」にあるものとして、「ヨドバシカメラ」を「ヨドバシ」と「カメラ」に分断し、その結果をもつて被控訴人に対する請求の根拠とすることは、結局「ヨドバシ」が控訴人の営業たることを示す表示として広く認識されていたものであることを主張するに帰し、その採りえないものであることは明らかである。」

2  原判決二〇枚目表一行目から二二枚目二行目までを削る。

以上のとおりであつて、控訴人の被控訴人に対する原審における請求(第一次請求)は、控訴人のその余の主張に対して判断するまでもなく、これを失当として棄却すべきものであり、これと同旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がない。

二控訴人の予備的請求について

「ヨドバシカメラ」の表示は、遅くとも昭和五二年九月ころには、少なくとも東京都及びその周辺県において、控訴人の営業たることを示す表示として広く認識されていたこと、被控訴人が昭和五二年一〇月頃より控訴人の本店から一〇〇メートルの直近にあるビルの一階に店舗をおき、店舗の看板に「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」の表示を使用して、いわゆる大人のおもちやと称せられる商品を販売していることは、前認定のとおりである。

被控訴人は、控訴人の営業表示である「ヨドバシカメラ」中の「ヨドバシ」は、「淀橋」なる漢字を片仮名で表示したものであり、「淀橋」は現在の西新宿一帯を示す地名であつたことがあり、西新宿一帯には現在でも「淀橋」の名を冠した官公庁、学校が多数存在し、「淀橋」の文字を使用している商号は東京法務局新宿出張所に登記されているものだけでも一五存在することなどにより、特別の識別性はなく、また、「カメラ」並びに「ポルノ」及び「百貨」はいずれも普通名詞であるが、通常人が「カメラ」と「ポルノ」、「百貨」を混同することはありえず、結局「ヨドバシカメラ」と「ヨドバシポルノ」、「ヨドバシ百貨」とは表示において類似性はない旨主張する。

なるほど、<証拠>によれば、「淀橋」なる名称は、少なくとも戦前は、控訴人の本店及び被控訴人の店舗が所在する現在の西新宿一帯を包含する地域を示す地名であつたものであり、現在においても、西新宿一帯及びその近辺に存する官公庁、学校の名称、民間企業の商号に多数使用されるなど、一般によく知られている旧地名であることが認められるが、「淀橋」が控訴人の本店及び被控訴人の店舗が所在の西新宿一帯を包含する旧地名として一般によく知られているからといつて、「ヨドバシカメラ」に特別の識別性はないものとすることはできない。前認定の官公庁、学校の使用している名称、東京法務局新宿出張所の商業登記簿に登記されている会社等の名称、商号は、すべて漢字の「淀橋」であつて、片仮名の「ヨドバシ」を使用しているものはみあたらず(昭和五六年一〇月一日発行の東京二三区電話帳によれば、新宿区内において商号に片仮名の「ヨドバシ」を使用している者は控訴人を除いて僅か二名にしかすぎないことが認められる。)、漢字の「淀橋」と片仮名の「ヨドバシ」とは、控訴人の主張するように、人に与えるイメージが異なり得るから、西新宿一帯で、営業表示に漢字の「淀橋」を使用しても、その表示に特別の識別性は認められないとは言い得ても、片仮名表示の「ヨドバシ」にも同じように特別の識別性はないとは断定できないのみならず、「ヨドバシカメラ」が控訴人の営業たることを示す表示として、少なくとも東京都及びその周辺県において、他との識別性をもつて、広く認識されていたことは、前認定のとおりである。

そこで、「ヨドバシカメラ」の表示と「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」の表示との類似性について判断するに、不正競争防止第一条第一項第二号にいう営業たることを示す表示の類似とは、立法の趣旨に照らし、比較さるべき二つの表示が同一営業主体を表わすものであると誤認され、あるいはそのように取り扱われる蓋然性があるほどに似ていることをもつて足りるものであり、且つ、同号にいう「広ク認識セラルル……他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」は、それが広く認識されるに至る過程においてその表示に不可分一体のものとして、営業主体の企業活動を反映する観念ないしイメージの拡がりを伴なうものであるから、ある表示が、広く認識せられる他人の営業たることを示す表示と類似しているかどうかを判断するには、このような拡大されたイメージをも考慮にいれる必要がある。

これを本件についてみるに、「ヨドバシカメラ」なる表示のうち、「ヨドバシ」は、前認定のように、少なくとも戦前は、現在の西新宿一帯を包含する地域であり、現在でも旧地名として一般によく知られている「淀橋」を片仮名表示にしたものであることが認められるが、右片仮名表示自体、商号等の営業主体を示すものとしてはそれほど多用されていないものであることも前認定のごとくであり、「ヨドバシカメラ」なる表示は、右「ヨドバシ」という片仮名地名表示に取扱商品「カメラ」を続けてなり、「ヨドバシカメラ」として一体に認識・把握され、そのようなものとして広く認識されるに至つているものではあるけれども、その構成(「淀橋」の旧地名を片仮名表示し、これに取扱商品「カメラ」を続けた構成)の由来は明瞭であるから、同様に「ヨドバシ」なる片仮名地名表示に取扱商品の種別を指称するとみられる「ポルノ」、「百貨」を続けてなる「ヨドバシポルノ」、「ヨドバシ百貨」の表示は、人をして容易に「ヨドバシカメラ」の表示を連想させるものと認められる。そして、<証拠>によれば、「ヨドバシカメラ」なる表示に伴う営業のイメージとしては、カメラ及び写真機材というにとどまらず、その関連商品をも含めて取り扱う雑貨商的なイメージが加わり、安売りを謳う派手な広告からみて、大衆の欲望に訴えて販路を拡大するというものであることが認められる一方、「ヨドバシポルノ」については、「ポルノ」なる表示を用いてする営業に係る取扱商品は写真に関連するものであることを連想させ、「ヨドバシ百貨」については、「百貨」なる表示を用いてする営業に係る取扱商品は、雑貨に関するものであることを想起させる。このような情況に照らせば、同一主体に係る各種の営業をそれぞれ共通の名称下に営業別の普通名称を受けて表示することが一般に行われていることとあいまつて、「ヨドバシポルノ」、「ヨドバシ百貨」なる表示を付された営業が「ヨドバシ」部分を共通にする「ヨドバシカメラ」の表示をもつて営業している主体に係るものであると誤認される蓋然性はあるものというべきであり、結局、「ヨドバシポルノ」、「ヨドバシ百貨」なる表示は広く認識される「ヨドバシカメラ」の表示と不正競争防止法第一条第一項第二号にいう類似の関係にあるということができる。

しかして、控訴人の営業表示の著名性と、控訴人の本店所在地と被控訴人の店舗所在地とが一〇〇メートルしか離れていない点を勘案すれば、被控訴人の営業上の施設は控訴人とのそれとの混同を生じさせるものであるといい得、控訴人はそれにより営業上の利益を害される虞あるものというべきである。

よつて、被控訴人が、その営業について「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」なる表示を使用することの禁止及び被控訴人の店舗に掲げた看板中の「ヨドバシポルノ」及び「ヨドバシ百貨」の表示の抹消を求める控訴人の予備的請求は理由がある。

三以上のとおりであつて、控訴人の控訴が理由がないからこれを棄却し、当審における控訴人の予備的請求を認容<する。>

(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)

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